キュレーションの時代

キュレーションの時代を読みました。著者は佐々木俊尚氏。うまくIT時代に乗っかり、著名人?へと進化をした人です。ジャーナリストという肩書きの持ち主。とにかくインターネットの世界を上から語ってる人です。

さて、本書の内容だが、今後の未来という広義な内容を「こうなるんだ」と書かれている本。
この本に書かれている、キュレーション、キュレートとはインターネット世界に広がる、無限の情報を選別すること。これは、現代で一般的に使われるようになった言葉なので、この当時にこの言葉を利用していたのは素直に褒めるべきだろう。
しかし、褒めるべき点はここだけである。著者の知り合いや、拾物だろう情報を例として書き、このキュレーションについて書かれているが、無味乾燥である。そもそも、キュレーションというのは無数の情報を一つ一つ確認するのは大変だから、知識人などが纏めるという意義があるはずだ。それをまとめもできず、だらだらと書いた著者には矛盾すら感じた。私はアメリカ人の書いた本が苦手だ。それは、同じようなことを長々と書く本が多いからだ(もちろん全てではない)これは民族性などにも起因するであろが、日本人の私としてはどうも好めない。この現象が、キュレーションを題材にした本で起こるとは考えもしなかった。

そしてこちらが驚嘆するような見解すら書かれている。それも長々とだ。
著者が書くにはベンツなどの高級車には、高い車に乗っているセレブという社会的意味が加えられる。そしてベンツを買う大半はベンツを車として買うのではなく、付加価値を買っているのだという。たしかにこれは納得できる。
しかし、そうした背景はバブルの時代に終わり、今は機能や人との繋がりを求める時代だという。
人との繋がりというのは、好きになった店員さんのお店で買うだとか、好きなデザイナーさんのお店で買うということだ。
いったいこの人は何が言いたいのだろう。いつの時代にも機能を求める人、見栄やステータスを求める人、付き合いで買う人、どれも居るはずだ。バブルの時代はお金が余っていたから見栄やステータスを求める人が目立ったというだけである。あたかも、見栄やステータスを卑下した書き方には失笑してしまった。この見栄やステータスというのは立派なモチベーションにもなる。それを否定して、ぬるったいことを正しいかのように書くのはどうかと思った。それに機能が高いものは、ステータスにもなるはずだ。逆に言えば、ステータスという付加価値を生み出している商品は総じて機能が高い。やすかろう悪かろうだろ!と突っ込みをいれたくなってしまった。

このようにつまらぬ例が永遠と出てくる。本書の大半が「例」である。「例」といっても自ら考えたものではなく、拝借物ばかりだ。
要約すれば、彼にキュレーションは不可能ということを証明した本だった。

点数ですが
★☆☆☆☆です。

久しぶりにここまでつまらない本を読んだなと思いました。
というのも、彼の議論を生で見て「この人面白そうじゃん」と思い本を買ったんですけどね~
失敗でしたねwこれでもこの人はメルマガで1000円の月額を取っています。
メールマガジンの相場としてはかなり高い方。矛盾だらけの人なので「佐々木俊尚のメルマガを1000円でも取っちゃう人」という付加価値を植えつけているのかもしれません。